四月の桜吹雪が路地裏に残る頃、風の匂いが変わっていることに気づいた。冷たさを残しながらも柔らかな日差しが、窓辺のミントの葉をゆらゆらと揺らす。浅夏の足どりは思ったより静かで、靴音も立てずに毎日の暮らしの隙間にそっと入り込んでくる。
先日、大学から下校途中に市役所横の桜並木を歩いていたら、落ちた花びらの下から小さなアジサイの芽が出ているのを見つけた。まだ丸く緑がかった蕾は、開くのを今か今かと待っているようだ。手を伸ばしてそっと触れると、昨夜の露が残っていて、ひんやりとした感触が指先に伝わった。春がすっかり終わったと思っていたけれど、季節は少しずつ移ろい、春の名残と夏の予感が同じ地面の上で隣り合って息づいているのだと気づかされた。
朝六時半に起きると、空気はまだひんやりとしていて、カーテンを開けると雀がベランダのプランターで水浴びをしている。コーヒーを淹れる湯気が窓に広がると、やがて日差しが高くなり、気温が少しずつ上がってくる。昼休みに大学の中庭の木陰に座って本を読むと、木々の緑が去年より少し濃くなったように見える。葉の間から漏れる日差しがページの上で揺れ、文字がキラキラと踊るようだ。Tシャツ一枚で汗ばむくらいの気温になっても、夕暮れになると風が冷たくなり、肩にカーディガンを引き寄せる。そんな体温調節の難しさも、浅夏ならではの愉しみだと思えるようになった。
子供の頃は夏が来ると、プールに行ったりかき氷を食べたりする楽しいことばかりを待っていた。だから季節の変わり目なんて気にも留めなかった。今は一人暮らしを始めて、毎日スーパーで野菜を買うようになって、初めて季節の足どりが見えるようになった。店先に並ぶ新じゃがの薄い皮、初物の筍の香り、だんだんと増えてくるトマトやきゅうり。それぞれの野菜が季節の移ろいを教えてくれ、浅夏が来たことを知らせてくれるのだ。
そう思いながら夜風に頬をなぶらせていると、どこからか芍薬の甘い香りが漂ってくる。近所の庭先に植わった花が、風に乗せて香りを届けてくれているのだろう。まだはっきりとした夏の熱さはなく、肌に触れる風の温度も香りも、すべてがほどよくぼやけて柔らかな輪郭を描いている。浅夏の良さはこの「間」にあるのだと思う。次の季節に移っていく前のゆったりとした深呼吸のような時間、どんな慌ただしい日々の中にもほんの少しの余裕を差し出してくれる。この足どりに合わせて、私も今日一日をゆっくりと終えていこう。グラスの中の氷が少し溶けて、ビールの泡がゆらりと揺れた。
最近は夜に窓を開けていると、セミの鳴き声が少しずつ聞こえるようになってきた。まだ本格的な鳴き声ではなく、遠くからぽつりぽつりと聞こえてくる。その声を聞きながらベランダでビールを飲んでいると、忙しかった一日の疲れがほどけていくようだ。猛暑が来る前のこの緩やかな時間が何よりも尊い。浅夏の足どりはゆっくりで、慌てず急がず、私の毎日にそっと寄り添ってくれている。この柔らかな季節を、もう少しゆっくりと味わっていきたい。
留下评论