「五月の末、風は桜の残り香を運び去り、緑の匂いだけが町全体を包み込んでいる。まだ夏の足音は遠く、暑さは忍び寄ってくる気配もなく、この世のすべてが柔らかな緑の膜に包まれているような、そんな季節だ。」
通り沿いのクスノキは、先月までの柔らかい若葉から、少しずつ深みのある緑に変わってきた。風が吹くたびに、葉の裏の白い毛がそよいで、陽光がきらきらと反射する。道行く人の傘の生地にも、木漏れ日が斑に踊って、歩くたびに影が足元をすべっていく。路地裏の植え込みには、ツツジが今が盛りと咲き乱れている。濃いピンク、薄い紅、真っ白な花弁が、緑の葉の間から顔を出して、雨上がりには水滴が花びらの端にぶら下がって、触れたら落ちてしまいそうな透明感をたたえている。
川沿いの遊歩道を歩けば、水の音がいつもより柔らかく聞こえる。五月の雨は一度降ると三日は続くと言うけれど、上がったばかりの川は少しだけ水かさが増して、茶色く濁った流れの中に、川岸から垂れたシダの新芽が浸かって、ゆらゆらと揺れている。対岸の藪の中からは、ホトトギスの鳴き声がぽつりぽつりと聞こえてくる。まだ夜にならないうちから鳴くのは、季節が後半にさしかかった証拠だろうか。水際にはヨシの若草が丈高く茂って、風が渡ると一斉に頭をたれて、緑の波がさらさらと寄せては返す。どこからかやってきた白い蝶が、ヨシの穂先にとまって、羽を閉じたり開いたりしている。陽が少し傾いてくると、蝶の翅の銀色の模様が、川面に反射した光と溶け合って、目にまぶしいほどだ。
少し高台にある公園のベンチに腰を下ろすと、風が首元をなでていく。この時期の風は、温度がちょうどいい。吹いてくると汗が引いて気持ちがいいけれど、冷たすぎることはなく、肌に吸い付くような柔らかさだ。公園の隅には、菜の花の後に咲いたヒマワリの若苗が整列していて、まだ蕾もついていないけれど、丸い葉っぱが太陽に向かってぐんぐん伸びている。足元には、名前も知らない白い小さな雑草が咲いていて、よく見ると一つ一つの花が五弁になっている。近所のおばさんが、犬を連れて散歩していて、犬は芝生の上を走り回って、草むらに鼻をつっこんで何かの匂いを嗅いでいる。風が吹くと、芝生の青い匂いが立ち昇って、それがどこからか運ばれてくる金木犀のまだ青い匂いと混ざり合って、鼻に届く。
あと少しで夏が来るとわかっていても、この柔らかな緑と風は、ゆっくりと時を刻んでいる。夕暮れになって空が薄ピンクに染まると、遠くの町の屋根の瓦が金色に光って、電線にとまったツバメが一斉に羽を整える。まだ夜は来ない。五月こうして長く長く続いていく。未央と書くのは、まだ終わらない、まだ続いていくという意味だけれど、この柔らかな季節がいつまでも続けばいいと、そんなことを思いながら、風に身を任せていると、胸の中まで緑に染まっていくようだ。
留下评论