【旬季】真夏の野

梅雨が明けた途端、太陽はすべてを焼き尽くすような照りを降り注いだ。そんなとき、私はふと、故郷の真夏の野を思い出した。都会のコンクリートやアスファルトは足裏が焼けるように熱く、冷房の風はどこか乾き切っているけれど、故郷の野の風はそれとは違う。緑の匂いと土のぬくもりを抱え込んで、そよそよと頬をなでていくのだ。

畦道を歩くと、膝丈まで伸びた稲が太陽に照らされてキラキラと輝いている。風が吹くたびに緑の波がうねり、稲の葉同士がすれ合うサラサラという音が、耳の奥まで沁みてくる。道端には背の高いススキが茂り、白い穂が風にゆらいでいて、毛虫が葉の裏でのんびりと日向ぼっこをしているのが見える。ときおりアブラゼミの大きな鳴き声が木々の間から響き渡り、その声すらも熱気に溶けて、柔らかく響いている。

野の真ん中には小さな沼が残っていて、子供の頃はよくそこでザリガニ捕りをした。真昼の太陽の下で汗が額から流れて目にしみても、網を持って沼辺を走り回ったものだ。水草の陰に隠れた大きなザリガニを見つけたときの胸の高鳴りは、今でもはっきりと憶えている。今、沼辺に立てば、水面は太陽を反射して銀色に輝き、ハスの緑の葉が浮かび、その隙間からピンクの花が顔を出している。水の表面からはほのかに水蒸気が立ち昇るのが見え、風が吹くと、水の冷たい匂いが運ばれてくる。

夕方になると、太陽が少しずつ西に傾き、空はオレンジ色に染まっていく。野全体が柔らかな金色に包まれ、稲の緑もどこか温かみを帯びてくる。蛙たちが鳴き出し、スズムシの声も少しずつ大きくなって、一日の熱がゆっくりと引いていくのがわかる。田んぼのあぜに咲いた彼岸花が、夕暮れの中で赤く鮮やかに浮かび上がり、もうすぐ夏が終わることをそっと告げているようだ。

先日帰省した折、久しぶりにあの野を歩いてみた。三十年近い月日が流れたけれど、景色はほとんど変わっていなかった。稲はやはり膝丈まで伸びて、太陽の下できらきらと輝き、風が吹けば緑の波がうねって、サラサラという葉の音が変わらずに耳に届いた。沼には今年もハスが花を咲かせ、水の冷たい匂いが立ち昇っていた。

畦道にしゃがみこんで風を感じていると、子供の頃にザリガニ捕りに夢中になっていた自分が、すぐそばにいるような気がした。汗にまみれて泥だらけになりながら笑っていたあの頃の温度が、ふつふつと胸の中からよみがえってくる。時代が変わって、私は都会で新しい生活を送っているけれど、この真夏の野が私の根っこになっていることを、改めて感じさせられた。これから先もどこにいても、この緑の輝きは私の心を照らし続けてくれるに違いない。

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